ありがとう、のっぽパン~のっぽパンは、本日をもって、引退します~。

ありがとう、のっぽパン。

♪今日で~、の~っぽは~ぁ、旅に出ま~ぁす~~ぅ、
 独身、知~ら~ない、遠いとこ~ろへ~、
 29年の~ぉ、歴史を閉じて~~ぇ、
 な~つ(夏)本番の~、静岡の~~ぉ、地~か~ら~~ぁ、

 さよならは~~ぁっ、のっぽにたいして~~ぇ、
 とても云えそうに~~ぃ、ありません~~っ、
 独身と~~ぉって、のっぽは、ず~~~ぅっとっ、
 たったひとつの~、菓子パンな~ん~でぇす~~~ぅっ!!

 は~ぁち(8)月ま~え(前)の~~ぉ、この日をも~ぉって~~ぇ、
 のっぽは、のっぽは、沼津からっ!(じゃんっ)、
 た~び(旅)立ち~~~ぃます~~~ぅ、、♪

"あずさ2号"は、東海道線を通ってはいませんでしたが、
この日、老若男女、数多の静岡人の胃袋を満載にしてきた、
"のっぽパン"が、とうとう、引退の日を迎えます。

とは云え、独身はいまだ、こころの端っこのほうで、
この引退は、現実ではなく、夢なのではないか、
また、あしたになれば、いつものように独身は、
新作のっぽをハンティングするため、あっちこっちのお店を、
南船北馬しているのではないか、と云う想いを拭い去ることは出来ません。

それだけ、独身にとって、"のっぽパン"は存在して当たり前だし、
お店にいけば、かわらず、定位置で待っていてくれる、無二の菓子パンです。

よって、この日の引退は、まさに晴天のへきれきで、
今後、独身はどのようなこころ持ちで、現実として受け止めるべきなのか、
正直云って、わかりません。

それに、なにより、あした以降、店頭から、
のっぽが完全に姿を消している光景を目の当たりにするのが、とても怖いです。

6月初旬、"のっぽパン"を製造しているエヌビーエスさんが、
菓子パン事業から撤退すると云う新聞ニュースを知ったときは、
4番バッター的存在の"のっぽパン"だけは、対象外だと信じてきました。
撤退の新聞記事はこちら。

しかし、今月になって、とあるお店の菓子パンコーナーに、
"7月31日の納品分をもって、のっぽはさよならします"
と云う張り紙を見せつけられて、
(嗚呼、独身と、のっぽファンの想いはかなわなかったのか、、。)
と、しばし、あたまが真っ白になってしまいました。

その日以来、しかと現実を受け止め、その日がやって来るまで、
のっぽの29年余りの歴史を称賛し、また、永きにわたり、
月1度の、さまざまな期間限定や、イベント・お祭り限定のっぽで、
たのしませてくれたことに感謝しようと、ほぼ毎日、
"のっぽパン"をハンティングしてきました。

おいしく頂きながらも、独身のこころうちでは、
(その日が来たら、どういうこころ持ちで迎えているのだろう、、。)
と、とても不安、と云うか、31日が来なければいいのに、
と云う想いで満載でした。

それでも、朝になれば、
変わらず太陽はひょっこり顔を出します。

そして、引退の日はやって来ます。

現実だと覚悟していたつもりですが、実際にこの日を迎えるとなると、
やはり、いままでの"のっぽパン"との想い出が溢れ出て来て、とても哀しくなってきます。

ほんらいなら、拍手喝采で、笑顔で引退を見守るべきだと思うのですが、
しばらくは、現実を受け入れることで、精一杯な日々が続くことでしょう。

ありがとう、のっぽパン。

独身が小学校低学年のときのこと。

下校途中にあるスーパーの駐輪場で、母の自転車に気付き、
お菓子でも買ってもらおうと、店内に入ると、
夕飯のお買い物をしている母を発見します。

「今日の夕飯はなにがいい?」
「あっ!おやつに"のっぽパン"買って~ぇっ!」

お豆腐コーナーの手前にある、菓子パンの棚のいちばん下には、
オレンジ色の"のっぽパン"が、ででんっと並んでいます。

幼い独身は、"のっぽパン"を発見するやいなや、
軽く小走りして、母におねだりします。

これが、独身が記憶している、いちばん古いのっぽとの想い出です。

もう、何年も前のことなのに、なぜか、
このときの光景は、しかと記憶しています。

そのときは、とくべつ、
"のっぽパン"が大好き!と云うわけではありませんでした。

と云うか、おやつとして、または朝食として、
好きとか嫌いとか、そう云った感情なしで、当たり前のように頂いてきました。

それがなぜ、"のっぽパン"大好き!になったのかと云えば、
大学生になって、地元を離れ、上京したのがきっかけです。

それまで、"~ら"と云う表現が、静岡弁だとは知らなかったように、
"のっぽパン"が、静岡限定の菓子パンだとは、まったくもって知らなかったのです。

2年ほど前、帰省したときに、ふとローカルテレビを観ていると、
ちょうど"のっぽパン"を特集していて、そのときに、はじめて、
のっぽが静岡と周辺地域のみで販売していることを知ったのです。

(そう云えば、東京には"のっぽパン"はないよなぁ。)
と、思うと、なんだか急にのっぽが愛しく思ってきて、それならば、
(もっとのっぽのことを知りたいっ!もっとのっぽを喰らいたいっ!)
と、のっぽに対する情熱が、ふつふつっとわいてきた、と云うわけです。

ありがとう、のっぽパン。

それからこの日まで、ずっと"のっぽパン"を応援すべく、
2年余り、このブログで紹介させて頂いているわけですが、
その甲斐もあって、製造元のエヌビーエスさんの担当のかたからご連絡で、
サイトの相互リンクをさせて頂くにまで至った次第す。

それからは、沼津のお祭り限定の"のっぽパン"を、
沼津在住ののっぽファンのかたに送って頂いたり、
電車で1時間かけて、長泉町のお祭り限定をハンティングしたり、
昨年、パソコンが故障したときには、友人に頼んで、
"のっぽTシャツ"の購入方法を調べてもらったり、
秋の長泉のイベントで、独身族(独身+連れ)で、
あわせて、15本もの、数多ののっぽを独占する、と云うことがありました。

振り返ってみると、このブログを開始して以来、
のっぽとの生活は、わずか2年余りですが、実に、濃く、
そして密な日々と云えます。

そして、"のっぽパン"が、どれだけ独身、
だけでなく、静岡にとって、たいせつな存在なのか、
改めて気づかされたような気がします。

ありがとう、のっぽパン。

"スマートなのっぽパンに特製クリームをサンドした食べやすいおやつパン
 一度食べたらまた食べたくなる飽きのこないおいしさです。"

ブログ開設当初、どうやったら、"のっぽパン"の魅力が伝わるのか、
どうしたら、独身の"のっぽパン"に対する情熱を表現出来るのか、
あれこれと試行錯誤してきました。

ハンティングに向かっている途中や最中に、
おもしろい小事件が起きたり、または、小ハプニングに遭遇したり、または、
軽いうっかりを仕出かしてしまったりと、実際に"のっぽパン"を頂くまでに、
実に、独身が爆笑もののハンティングを繰り広げているのか、
そのことも含め、ひとつのストーリーとして書いているうちに、
いつのまにか、現在の独身のブログのスタイルが形成されたのです。

それが、独身が"のっぽパン"を大好きになるにつれ、
益々駄文で、長文へと進化(?)して、ときには、
1万文字を超越することもあるわけです。

すべては、"のっぽパン"があってこその、独身であり、
"のっぽパンの会。"なのです。

ありがとう、のっぽパン。

今日、"のっぽパン"が引退するにあたり、独身は、
どのような文章で感謝のきもちを表せばいいのか、
いま、こうしてパソコンに向かっても、たくさんの想い出と、
とても、まだ受け入れられそうもない現実への哀しみが混在して、
なかなかうまくまとめることが出来ずにいます。

"夏目先生"のような、哀愁漂う表現や、
"俵万智さん"のような、うつくしい短歌でも思いつけばいいのですが、
残念ながら、独身は、ただの愚かな駄文家に過ぎず、
とても印象に残るようなことばは浮かんできません。

それでも、いち"のっぽ好き"、自称"のっぽマニア"として、
独身が生まれてから、いまに至るまで、永きにわたり、
独身の成長の支えとなり、胃袋を満載にして、
たのしませてくれた"のっぽパン"に、ただ、ひとこと、
"ありがとうっ!"と云いたいです。

そして、これからも、ずっと、このこころ持ちは永久不変だし、
またいつか、ひょこっと、変わらぬロングなボディで、
静岡の地に戻ってくれることを、こそっと祈り続けたいと想います。

ありがとう、のっぽパン。

静岡限定菓子パンと云う、ローカルのネタにも関わらず、
長文駄文を、最後までしかと読んで頂き、
ときに失笑して頂いたみなさま、
ほんとうにありがとうざいます。

あなたの失笑こそが、
独身が長文を書き続けることの出来る糧です。

そして、このブログをきっかに、東京で"のっぽパン"を見つけたよ!
と、ご連絡頂いたあなたにも、こころから感謝しています。

最後に、数多の"のっぽパン"との出逢いでたのしませて頂いた、
(株)エヌビーエスさん、並びに、従業員のみなさまに、
ナイス菓子パン、"のっぽパン"を毎日届けてくださったこと、
そして、"のっぽパン"と出逢わせて頂いたことに、深く御礼申し上げます。

また、いつか、のっぽと再会出来る日を、"のっぽキリン"よろしく、
首を長~くして、独身は待ち続けます。

ありがとう、のっぽパン。

07/31/2007 大安。
独身、こと、kr。



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